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吉祥

(古)美術品を鑑賞する上で、現代人にとって少しわかりにくくなっている要因の一つに、その意匠があります。

しかし、これはさほど難しいことではないのです。
一言で言って「吉祥」のよいもの、つまり、縁起のよいもの、めでたいもののことですね。

例外はありますが、ほぼ全てのものに吉祥の良いデザインが取り入れられています。
太古より人の願いは変わらぬもので、富、名声、長寿、等々。
これらを象徴するものが図柄に用いられています。

例えば松。
松は常緑樹ですから、人生がいつも青々と茂っていて欲しいという意味ですね。
英語でもevergreen(エバーグリーン=いつでも緑)という言葉があります。
バラは外来種でしょうが、長春花ともいいます。
そう、我が世の春を長らえる花なのです。
常緑樹の松を「不老」ともいい、松とバラを組み合わせて「不老長春」という画題も(少ないですが)あります。

(古)美術品の意匠を読み解くのも、なかなか興味深いですよ。

素材の良さ

古美術がいささか値が張る理由の一つに、「素材の良さ」が挙げられます。これは意外と知られていません。


近世までの有名作家の作品には非常に高級な素材が用いられています。
良い土、良い金属、良い顔料、良い木材等々。

「良い」とはどういう意味か?
見た目よく、耐久力があるということです。そしてこれらは例外なく高価です。

構図とかは素晴らしいのに絵の具が安物という不幸な画家たちがいます。
彼らの作品は五十年、百年という時代の風雪に耐えることができません。
絵の具が経年劣化して、作品を損なってしまうのです。

有名作家は、良い作品→高評価→高級素材の調達→さらに良い作品
という好循環に恵まれ、作品の持続性が後世に名を残す結果になります。
有名作家の作品でなくても、評価に耐える古美術はほぼ例外なく良い素材が用いられています。

粗製乱造は昔からあったのかも知れませんが、良いものは今とはレベルが違ったのです。

無名と無銘

有名作家でない無名の不遇な作家を掘り起こすことも私どもの使命です。


「これほどの出来映えの作家がなぜ名前が通っていないのだろう?」
ということはしばしばあります。

早世したのか、生前まったく認められなかったのか?あるいは現在すっかり忘れ去られているのか?
無念だったろうか?あるいは世間から顧みられなくても喜々として製作に励んでいたのだろうか?

いずれにしても、「良い作品、良い仕事」を発掘し世に送り出してあげることが大事だと思います。


また、「無銘」とは、作品に作家の名前が入っていないものを指します。
武家・公家からの注文作品にはこういうことが多いのですが(作者が名前を入れることは不遜とされた)、そうではない良品に銘が入っていないとき、作家の無欲さに触れ、感銘を受けることも多くあります。

「無名」「無銘」いずれにしても有名作家というブランドにこだわらないのが私どものスタンスです。

老朽と時代、不朽

老朽化したものは廃棄されることがほとんどですが、

見た目の老朽化が逆にものの良さを際立たせることがある、これが骨董の一つの定義かと思います。

「美人」もそうですね。
若い自分の見た目の美しさが削ぎ落され、「若い時はきれいだったけど…」と言われてしまうだけの人と、
「年取ってからの方が品性がにじみ出して、かえって魅力的」と言われる人がいます。


「不朽」
骨董好きが共有する価値観であり、「時代物」を愛する所以です。

アピール

多少廃れてきましたが、

徒弟制度が未だ色濃く残る私どもの業界において
「丁稚」が修業時代に涵養すべきはーーー

真贋を見極める鑑識眼

でありましょうが、
作品そのものが持つ「作家のこだわりを見極めること」もその一つだと思います。

往々にして私どももこれを見逃しがちです。
何気ないところに秘められた超絶技巧や意匠の寓意性など、
「何気なく」私どももスルーしてしまうこともあります。
作品は「ここを見てほしい!」と身悶えしてアピールしていることでしょうね。

健気で奥床しいところを見出し、作品の意図を声にするーーーこれがわたくしどもの為すべきことと考えております。

「相目利き(あいめきき)」

美術品店のある逸品をはさんで、
お客様と店主との間で見解が一致することを相目利きといいます。

蒐集なされているものについては
お客様の方が高度な鑑識眼を持たれていることも多く、
店主としてはタジタジになることもあります。

お客様のお眼鏡にかなう逸品を追い求めていきたい。そう考えております。

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